犬は猛獣である

横になってるお父さんの上に乗ってきた茶々。

『よしよし、かわいいね~』 撫でようとした瞬間凍りつく。

額に鼻をピタリと付けると腹の底から響く低い唸り声をあげ続ける茶々。

『自分は今日死ぬんじゃないか・・・』と語っていたお父さん。動こうにも動くことができなかったお父さんは幸いにも事なきを得る。力関係が決着したと確認した茶々は『わかったか』とでも言わんばかりに悠々と降りていった。

リビングでくつろいでいたお母さんの肩にアゴを乗せた茶々。

『ふふっ、なんてかわいいのかしら』 普通ならそう思うはず・・

腹の底から響く低い唸り声。とっさに身の危険を感じたお母さんは立ち上がろうと茶々の顔を抑えようとした次の瞬間茶々の逆鱗に触れる。

どちらも『動くな!!』という茶々の意思表示。お父さんは動かなかったために怪我はしなかったが力関係は完全に決着。以後一切茶々に関われなくなる。お母さんは動こうとしたために茶々の逆鱗に触れ、縫うようなケガをして同じく力関係は逆転。何でもできたという訳ではなかったがその時からいろんなことを躊躇するようになる。

茶々は保護犬。現飼い主様が4件目。前オーナーは手を咬まれ骨折している。おそらく前々オーナー様もその前も大きな怪我を負わされ手放したことは容易に想像がついた。もちろんその情報は現飼い主様も得ていたという。

大型犬を2頭飼っている自負があったのだろう。

『私たちなら大丈夫!』その過信が半年後悲劇を呼ぶこととなった。

『咬みに来たらバットなどで殺すつもりで殴れ』

譲渡の際、同席したトレーナーを名乗る人物が口にした言葉。
『それほど大変な犬だから、それほど深刻な問題を抱えているから、相当の覚悟を持って向き合え』ということを忠告したのだろうがもうちょっと違う“言い方”はなかったのだろうか・・・『殺すつもりで殴れ』って何?

『前の飼い主は咬まれて指を骨折している』『年齢的に遅い』『殺処分相当の犬』『精神疾患』など立て続けに言われた挙句にそんなこと言われたらもし飼育に行き詰まれば『あー・・トレーナーの言ってた通りだった』と心が折れかねない。

過去はどうあれ今こうして生きているのだから目を向けるべきは未来。

わずかな希望を胸に茶々の訓練が始まる・・

茶々は縄張り意識の強い犬。すべてを自分の支配下に治めようと画策していたことが飼い主様に対してだけではなく先住犬に対する態度にも見て取れた。

先住犬のゴールデン(オス)とは特に問題はなかった。おそらく支配の対象と見なしていなかったと推測される。問題はフラットコーテッド(メス)と力関係の決着がつかず顔を合わせれば常に唸り合う関係。ケンカもたびたびで庭で一緒に運動させる時は茶々は口輪をしていなければ一緒に出すことはできなかった。

人に対して尻尾を振ることもなく、口を開けてリラックスしているような表情は一度も見たことはなかったという。常に気を張っていたのだろう。

日常の世話は完全に猛獣と同等の扱い・・

サークルの奥へ追いやり仕切りをしてからエサを置き、仕切りを外して食べさせていたという。

だがそうせざるを得ない状況下にあったことは想像に難くなくその気持ちはよくわかる。それが毎日の繰り返しとなると正直苦痛以外の何ものでもなくいつ大きな事故に繋がってもおかしくない状況が続いていた。その末のお母さんの咬傷事故。お父さんとはすでに力関係は決着していたので世話をしていたのはお母さん。

そのお母さんの心が折れたわけである。

幸いなことに二人の子供は唸られたことも咬まれたこともない。自分のかわいい子分か何かかと思っていたのか何をしても怒ることはなかったという。ただ一つも言うことは聞かなかったという。

そんな茶々である。訓練所に来てすぐに“傍若無人”な態度が現れ始める。

待たない、呼んでも来ない
近づくと唸る、触ると唸る
抱っこができない
そんなもんだから広い隔離スペースに収容するしかない
エサの時は興奮しまくり、食器を置いたら置いたで『早くどっか行け!』 幸い攻撃能力は低かったので危険な目に遭うことはほとんどなかったがなにせ止まれない・唸る・犬にケンカをふっかけるなど人に対しても犬に対しても常に自分勝手に振舞うものだから犬は誰も茶々と関わろうとしない。

訓練開始からしばらくの間は渡邊と毎日のように『止まれ!』『いいや止まらねえ!』『いいから止まれ!』『お前が下がれ!』『下がるわけなかろう!』そんな押し問答が続いていた。

とにかく“忍”の一文字を叩き込んだ。自分勝手な振る舞いをする犬にオヤツで釣って何かをさせても意味がない。茶々は『もらうものはもらうが言うことを聞く必要は一切なし!』『なぜ聞く必要がある?』そういう態度をする犬。

だがおもしろいことに日々“傍若無人な態度”を“理不尽な態度”で返り討ちにするうちに茶々の態度に変化が見え始める。

“毒を以て毒を制した”形となり態度が軟化していき、指示の“関連付け”を行い習慣化に至る。

訓練開始から約一年。初めての自宅レッスン。

呼んで来る、マテができる、首回りが触れる、抱っこができる
クレートの扉を閉める時にブチ切れない、クレートの中でエサがあげられる

尻尾を振る、そして笑う

明らかな茶々の変化にある意味戸惑いを隠せなかった飼い主様。

『傍若無人な茶々はいったいどこへ?』と言った顔。

『長いものには巻かれることを覚えたんですよ』

仮卒業期間中に決着のついていなかった先住犬のフラットコーテッド(メス)に喧嘩を売った茶々。コテンパンにやられ戦意喪失、首根っこを咥えられ引きずられる茶々。

どうやら決着がついたようである。


いい加減おしとやかにするのですよ、

女の子なんですから笑

『平和です♪』  届いた一行のメールが本卒業への切符となる。 

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